虐待された子、虐待する親、そして支援者自身の心を理解する

児童虐待防止支援者のための講座


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  「児童虐待防止支援者のための講座」の概要をご紹介します

児童虐待の原因は、母子の間に「愛着関係」が成立していないことです

 児童虐待は事故や偶然の出来事ではありません。それは継続的な異常事態であり、原因があります。原因を知るには、まず、「普通の家庭」では虐待は起こらない、という事実を理解することから始まります。普通の家庭とは「母と子の愛着関係が成立」している家庭です。愛着関係の成立とは、子が母親を求め(アタッチメント = 愛着)、母親が子の気持ちに共感して子の感覚や感情を我がことのように感じることです。例えば、子が寒そうにしていれば母親も同じ寒さを感じ、子が美味しそうに食べていれば笑みがこぼれる、そんな「あたりまえの」母子の関係です。母親は子の痛みを自分の痛みとして感じてしまうので、虐待は起こりません。逆に、愛着関係が成立していないと虐待が起こります。当講座では「愛着関係不成立」の原因を3つに分けて、詳しく検討します。

全6回の各講義テーマは以下の通りです。

講義1 児童虐待の原因は母子の愛着関係の不成立
A. 母子の愛着関係とはどういうものか 愛着理論を学び、虐待の原因がその「不成立」にあることを確かめます。
B. 児童虐待の4つの類型と背景にある愛着関係の不成立 1. 身体的虐待 2. ネグレクト 3. 心理的虐待 4. 性的虐待の具体例を分析し、これらの背景にある共通の原因が、愛着関係の不成立であることを学びます。
C. 愛着関係が成立しない原因を3 つに分けて考察します。それは、@母親に「軽度」知的能力障害がある場合、A母親に統合失調症などの重い精神障害がある場合、B母親自身に幼少時の被虐待体験がある場合です。

講義2 母親の「軽度」知的能力障害と児童虐待の関係
A. 母親の「軽度」知的能力障害 児童虐待の現場で出会う母親の統計や厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例」報告書のメタ分析から見えてくる母親像、つまり、「母性の欠如」、「養育能力の低さ」、「親としての無責任さ」、「コミュニケーション能力の低さ」、「一方的な主張」などの多くは、「軽度」知的能力障害に起因します。
B. 母親の「軽度」知的能力障害のレベルと虐待内容との関係 両者の間にある密接な関連について学びます。


講義3 「虐待の世代間連鎖」のように見えるもの
A. 虐待の心因説 虐待は世代間で心理的に伝達すると信じられています。しかし、虐待は母親の養育能力の低さによるものがほとんどで、世代間連鎖のように見えるものは、@母親の「軽度」知的能力障害の遺伝的背景、A精神障害の遺伝的背景、そしてB被虐待体験をもった母親(=「被虐ママ」)の子育て不安の3 つが混在したものです。
B. 「虐待する親」についての研究 世代間連鎖に関する心理学研究をレビューし、最新の研究結果を紹介します。
C. 「被虐ママ」の心理的理解 虐待と誤解されやすい「被虐ママ」の子育て不安、子への恐怖感について学びます。

講義4 被虐待児の不適応問題
 被虐待児は幼児期〜小学校低学年で発達障害と誤解されたり、中学生以上では統合失調症などと誤診されます。彼らが集団に溶け込めなかったり、社会や大人をひどく怖がるのが誤診の原因です。
A. 反応性愛着障害・脱抑制型対人交流障害 虐待する親のもとで生きるために身につけた特異的な対人関係です。
B. 被虐待児が誤解されやすい発達障害・精神疾患 現場で不可欠な「発達障害児と被虐待児の鑑別方法」を学びます。
C. 普通の家庭で育った支援者が被虐待児を誤解してしまう心理 「試し行動」等の被虐待児特有の心理を理解します。

講義5 産後うつと子育て支援 / 「被虐ママ」
 虐待を受けて育った女性が子を産むと、育児に強い不安や困難を感じます。あやしてもらった経験がないので子と一緒に遊べません。子を恐れ子を愛せないと訴え「うつ」になります。
A. 被虐待体験を抱えた女性=「被虐ママ」を知る
B. 育児不安と産後うつ / 子を愛せない心理
C. 「被虐ママ」の回復と支援方法

講義6 子と母を守るためのケースワークの実際と社会的養護
A. 母親に「軽度」知的能力障害がある場合の支援方針 子を直接支援します。助言や支援を受け容れない母親、拒否的な母親とどうつきあい、子を守るのか、その具体的方法を検討します。
B. 被虐待児を養育する里親家庭 里親養育の問題点(独特の困難・タブー)、支援の課題、解決方法などを検討します。
C. 母親が健常者である場合 母親の心理的な支援を中心に行うと、母親は子との愛着関係を取りもどし回復します。


<講義内容のポイント>

■1.児童虐待の原因は、母子間の「愛着関係の不成立」
 子どもを極寒の屋外に放り出して水をかける、炎天下の車内に置き去りにしてパチンコに夢中になる、躾けと言ってタバコの火を押しつける、浴槽に幼児を残したままお風呂を出てしまう……児童虐待の一例ですが、これらは親の不注意や事故で起こることではありません。背景には親の@子への共感性の欠如、A子の気持ちや行動を推測・予測する能力の不足があります。子に対する共感性があれば、極寒の中で子に水をかけたり、タバコの火を押しつけることはできません。なぜなら、子の寒さや痛みを親自身も感じてしまうからです。炎天下の車内がどうなるか、背の立たない幼児を浴槽に残したらどうなるか、子の状態を推測する能力があれば、決して起こりえない行為です。
 子への共感性や子の行動を推測・予測する能力は「普通の」正常知能の成人であれば、誰にでも備わっているもので、これが親子の愛着関係が成立する土台になっています。愛着関係は生後から2 歳頃までの期間に、幼児との間で継続的な心理的・社会的相互関係を維持して、幼児の養育に責任を持つような大人(多くは母親)と子との間に成立し、子はこの愛着関係の中に保護され、成長します(Bowlby)。愛着関係は母親が子の表情を読み取ることから始まります。すなわち、子が空腹で泣く→おっぱいを飲ませて→満足している顔を読み取る、あるいは子が寒そうな顔をしている→「寒いかい?これを着なさい」→嬉しそうにする子→母親の満足、という母子間の共感、感覚・感情の共有です。
 正常な母親であれば誰でも備えているこれらの能力が、「軽度」知的能力障害の母親には欠如しています。そのため、愛着関係が成立せず、母親の関わりは一方的になり、子は保護されず、その結果、児童虐待が起こります。一般的には知的能力障害は「読み書き算盤」ができないものと理解されていますが、「軽度」知的能力障害は「読み書き算盤」という概念的領域の理解はほぼ正常です。一方、他人の気持ち・行動を推測する能力に問題がある(DSM-5:社会的領域の理解不足、対人関係の未熟性、情動の制御困難)ために、子との間に十分な愛着関係を作れません。専門家であってもこの「軽度」の障害を見落としていることがあります。
 厚生労働省が毎年発表する「子ども虐待による死亡事例等の検証結果について」を分析すると、虐待する母親の特徴として次のようなものが抽出されます(第3次〜第12 次報告のメタ分析 / p<0.01)。まず、養育能力の欠如に関するものとして:@養育能力の低さ、A母子手帳の未発行、B妊婦健診未受診、C胎児虐待、C墜落分娩、D無計画な妊娠、Eアルコール・喫煙の常習が見られ、共感性の欠如・相手の立場を推測する能力の欠如に関連した項目では:@人に対する攻撃性、A怒りのコントロール不全、B感情の起伏の激しさ、C衝動性(p<0.05)などが見られます。これらは精神医学的な視点から見ると、軽度知的能力障害(DSM-5:317)〜境界知能(DSM-5:V62.89)の特徴と一致し、実際、児童虐待の現場では参考IQ=60〜80 の母親の事例が多く見られます。


■2.「 虐待の世代間連鎖」のように見えるもの
 1:「心因による虐待の世代間連鎖」と思われるものは、現場ではあまりありません。多めに見積もっても5%〜10%です。「心因による連鎖」があると判定する私たちの基準は、母親との面接等によって以下の3 つが確認された場合です。すなわち、@母親が正常知能である、A母方祖母(=子の母親の実母)が「軽度」知的能力障害をもっていたと推測され、祖母から幼少時に虐待を受けていた、Bその母親が実際に自分の子を虐待している、です。彼女たちの多くは、愛着スタイルを評価するAAI 法(成人愛着面接法)で言うところの自律型(F type)に分類されますが、一部、受けた虐待が激しいものだった場合は愛着軽視型(Ds type)の反応を示します。いずれにせよ、彼女たちは「正常な」子への共感性と子の立場を推測する能力を持っていますので、ジュディス・L・ハーマン(児童虐待の研究者)が述べているように「非常に極端なケースでは、児童期虐待の生存者は自分の子を攻撃するとか、保護を放棄することがある。しかし、一般に思い込まれている『虐待の世代間伝播』に反して、圧倒的大多数の生存者は自分の子を虐待もせず、放置もしない。多くの生存者は自分の子どもが自分に似た悲しい運命に遭いはしないかと心底から恐れており、その予防に心を砕いている」(『心的外傷と回復』)と思われます。
 2:一方、児童虐待を疑われて上記機関に上がってきた事例の母親の内、およそ70%〜80% が「軽度」知的能力障害〜境界知能であることが確認できます(AAI 法ではE 型とU 型がほぼこれらに重なる)。「軽度」知的能力障害の母親は愛着関係を作れず、感情のコントロールがきかないために、子に一方的になり、虐待が起こります。また遺伝的に祖母に同じ障害がある確率が高く、結果として虐待の「世代間の連鎖」の現象が起こります。こうして現場で「虐待の世代間連鎖」と見えるものは、実際には、心因によるものは少なく、「軽度」知的能力障害の遺伝的な背景を持った場合がほとんどです。






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